嗜む ボウモア12年

早いもので1月も下旬です。新年はどのように過ごしましたか?

サービス業などの業種を除けば多くは帰省したり旅行に行ったりしたんですかね。

僕も例に漏れず地元へ帰りましたが、

いやぁ、やる事ねぇわー。

年明けに地元の友人と飲みに行ったくらいしか記憶に残ってないです。

さて、ボウモアの12年を飲んでみました。

独特の香りが特徴のアイラモルトですが、その中では取っつきやすい部類ですね。

生産地はスコットランドのアイラ島。

どこやねんって人はこちらの地図を参照してください。

最初、語感的にアイルランドに属した島なのかと思ってたんですけど、スコットランドなんですね。

その特徴は何と言っても独特の香りと味わい。

ピート香(ピーティ)と言われる、植物が堆積していってできた泥炭を燻して麦芽に香りを移すことによって生まれる香り。

スコッチ・ウィスキーの代名詞ですね。

そのスコッチ・ウィスキーの中でもボウモアはその代表で、アイラモルトの女王なんて洒落た通称が付いてたりします。

このボウモアはウィスキーを飲み慣れてきて、ちょっとチャレンジしてみたい方にオススメします。

味わいは、ウィスキーを飲み慣れてなければガツンとくる口当たりにきっと驚くでしょう。

かくいう僕もまだウィスキーを飲み始めたばかりの頃に、何も知らずにボウモアに手を出して失敗した口です。

今となっては魅力的に感じるスモーキーな香気と後引く仄かな苦味も

「うえぇぇ~!? ウィスキーってこんなんなの?」

って思えてしまう、そんな主張してくるのがスコッチ・ウィスキーの良くも悪くも特徴です。

「せっかく金を出して買ったんだから、何とか1本は開けきってしまおう」

最初はそんな気持ちでロックにしたり水割りににしたりして飲んでました。

なんですけど、これが不思議なもので半分を空けたくらいから、

「もう1回ストレートで飲んでみよう」

って気になってきたんですよ。

相変わらず飲みにくいは飲みにくかったんですが、初めに口を付けた時に比べれば慣れたんでしょうね。

舌の上で液体を転がして鼻から息を抜いてじっくりと味わってみました。

すると僅かに、少しだけ甘みみたいなのが感じられるんですねこれが。

強めのビターチョコレートと表現すればしっくりくるかな。

じっくりゆっくりと唇を湿らすように味わって、1本空けた時には最初の苦手感は無くなってましたね。

この独特な味に慣れてくるとラフロイグやラガヴーリンといった更に個性の強いモルトも楽しめるようになります。

むしろ僕はボウモアの次に飲んだ普通のブレンデッドが物足りなく感じたくらいです。

このボウモアを嗜んで、上述のような味わい方を知ってから本当の意味でウィスキーを好きになったなぁと思います。
それまでは大衆居酒屋で飲むような味わいも何も考えず、“ウィスキー”というワードのオトナ感と強い酒を飲めているというカッコつけで消費していましたからね。

まぁ、それはそれで楽しみ方の一つです。実際、酒に強い(古き男らしさ)キャラとして通ってましたし、そういう意味で目的には合致してたわけだし。
そういうある種(例えばモテるとか)のツールとして使うというのも個人的にはイイんじゃね?って思いますし。

でもそういう下心を抜きにしてもアイラモルトはもっと多くの人に楽しんでもらえたらなぁと個人的に思います。

いやまぁ、こればかりは完全に好き嫌いの世界なんで、どれだけウィスキーを飲んでも好きになれないって場合も珍しくはないですが……。

まずはハーフサイズこれを開けてみて、魅力を感じるかどうか試してみてください。

そして僕と同じアイリッシュのセンセーション力を感じ取ってもらえたらなと思っています。

 

めんどくさいを無くすには

新年あけても特に言うことないんで通常営業でやっていきます。

さて、ぶっちゃけ、僕は超がつくほど面倒くさがりです。

仕事がめんどう、対人関係がめんどう、布団から抜けるのもめんどうと、客観的に見ても割としょうもないダメ人間なのが僕です。

今まで生きてきて能動的にやった事なんてそう多くはないし、やり遂げた事はもっと無い。

今も生存のために仕事なりなんなりしてますが、とても息苦しさを感じてしまうのが現状なんですね。

このザマじゃ、とてもじゃないけど標榜してるような“自由に生きる”を体現するには程遠いなと、長く悩んでました。

それこそ面倒な事に僕は天邪鬼なもんで、モチベーションを上げようと思えば思うほど、心が反逆してくるんですよね。

例え頑張ろうと思っても、

「オマエ本当はめんどクセェなぁって思ってんだろ?」

「やったところで何にもなんねぇよ。ダラダラしちまおうぜ」

と、頭の片隅に居座った冷めた怠惰な自分が囁きかけてくるわけです。

もちろん、それは単なる言い訳に過ぎないわけで。

他の誰でもない、純粋に動かない自分に非があるのは分かっています。

なので以前はだいぶ腐ってました。色々な意味で自分はクソみたいなもんだと見切りをつけていました。

でも、あるとき、二冊の本を読んだことで一つ自分の中で転機がありました。

趣旨を一言で表すならモチベーション(やる気)に頼らなくとも人間は行動できるという本です。

参考になったのを一つあげると、行動はミニマムに刻むというのがあります。

例えばダイエットのためにランニングを習慣づけようとしているとします。

痩せれば異性からモテるかもしれない。同性からは羨望を向けられるかもしれない。

大体はそういった願望を持ってやり始めるんじゃないですかね。

僕も一時期筋トレを習慣化していたけど、僕はどうだったかな。

当時付き合っていた子がいて、やっぱり彼女に惚れ直してもらいたくてってのが理由だった気がします。

でもこういう地道な努力って難しいですよね。

走り終えた後の爽快感はあるけど、走ってる間は苦しいし、別に楽しいわけでもない。

また短期間で効果が出るものじゃないんで、目に見える変化が表れにくい。

で、結局続かずに終わってしまうのがパターンじゃないですかね?

そこで、ここでは運動するという行動全てを分割して区切ってしまいます。

ステップ①:運動服に着替える

ステップ②:靴を履く

ステップ③:玄関扉を開ける

ステップ④:数十メートルだけ頑張る

ステップ⑤:さらにもうちょっとだけ頑張る

……と、こういった風に物事を細分化して小さなコスト(労力)で実行していくと心理的に負担が少ない。

決意してから走り始めるまでに四日も費やすなんて端から見ればバカバカしい限りだし、そんなんすぐにでも出来るわと思うんじゃないですかね。

大事なのは達成したという事実と継続性とのことです。

人は安定を好みます。

環境が変わると体の調子を崩すことはないですか?

そこまでいかなくとも、ストレスが溜まっていくのが自覚できる人はいるんじゃないですかね。

良い習慣であれ悪い習慣であれ、人はそれを維持しようとし、変化を拒絶します。

その拒絶が

「めんどくさいなぁ」

という感情となり行動するのを押さえつけようとしてくるわけです。

人間、不思議なもんで最初は面倒だと思っていても、やり続けていると段々と苦じゃなくなってきます。

更に継続していくと今度はある種の愛着というか、ルーチン化してきて、やらないと逆に落ち着かなくなってきます。

それが自分にとって意味のあるものなら継続し続けることです。

例え量や質が極小だったとしても続けていれば、いずれ心が追いついてきます。

何某かを始めようとする一番最初の決意は確かにモチベーションありきです。

しかし、それを継続していくことにメンタルの強さは関係ありません。

自分の心をコントロールする術があることを自覚し、それを駆使するテクニックがあれば物事は続きます。

それがいずれ実を結び成果となるんですね。

もし、自分がめんどくさがりだと思っている人がいるのなら是非読んでみて、そして騙されたと思って試してみてください。

存外、自分は動ける人間なんだと思えるんじゃないでしょうかね。

ちなみに転機になったもう一冊も近いうちに紹介したいと思いますんで。

それでは。